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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和33年(わ)10号 判決

被告人 太田小一こと久保章

昭一三・一一・九生 左官見習

主文

被告人を死刑に処する。

押収にかかるビニール製細紐一本(証第五号)及びペンチ一個(証第八号)はいずれもこれを没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は採炭夫をしていた久保富茂と同チトヱの長男として出生し福岡県田川郡香春町所在の勾金小学校を経て昭和二十六年四月同町所在の勾金中学校に入学したが、学業を嫌い一年の一学期の終り頃から学校へ行かなくなり、しばらく豆炭工場の人夫等をしていたが永続きがせず、その後田川市東区川端町左官屋辻生正一方等で左官見習等をしていたものであるが

第一、(一)手塚猛と共謀の上昭和三十一年九月二十九日頃の午後十時頃田川市東区大字夏吉三井田川鉱業所第六坑坑外第四資材倉庫において同坑坑長西村和夫保管にかかる五吋チヤンネル九本(時価合計一万九千五百円相当)を窃取し

(二) 手塚猛と共謀の上金属類を窃取しようと企て昭和三十二年一月八日午前一時頃前記第四資材倉庫に忍び込み所携のペンチ(証第八号)をもつて五十粍マインケーブル線を約三十米切断し同倉庫よりこれを搬出しようとしたが、その際同坑労務係古谷直治等に発見されたためその目的を遂げず

(三) 同年四月二十二日午後八時半頃同市東区川端町三千四百七十七番地の一辻生正一方において重藤広所有の中古自転車一台(時価七千円相当)を窃取し

(四) 同年五月二日午前九時より午後三時半までの間に同市東区東町三百六十九番地山倉操子方において同人所有のラジオ一台外雑品四点(時価合計一万六千三百五十円相当)を窃取し

(五) 同年十二月十一日午前十時頃より午後一時頃までの間に田川郡香春町大字中津原二千七十三の九番地榊甚太郎方において同人所有の自転車一台、空気入れ一個(時価合計一万八千四百五十円相当)を窃取し

(六) 同月十二日午前七時頃田川市東区川端町大橋学用品店ダルマ屋において辻生正一所有のこて、ペンチ、ドライバー等左官道具十六点在中のズック製道具鞄一個(時価合計四千八百円相当)を窃取し

(七) 同月十三日午後八時頃嘉穂郡穂波町大字松ヶ瀬紅林ヤス子方において同人所有の自転車一台(時価一万円相当)を窃取し

(八) 同月十八日の夜中間市大学中間大正鉱業所中鶴本坑鉱車修理工場附近において同坑坑外機械係長河野数幸保管にかかる古レール二本(時価合計千二百円相当)を窃取し

(九) 昭和三十三年八月二十二日午後九時三十分頃福岡市西新町八百七番地の一川上茂夫方において同人所有の自転車一台(時価三千円相当)を窃取し

第二、前記第一の(七)記載の自転車を処分するため他人の主要食糧購入通帳を入手しようと考え

(一)  昭和三十二年十二月十四日頃田川市西区三井一坑出石町原口繁蔵方において同人の妻ハルノに対し三井炭坑の労務係員のように装い、「労務の者ですが米の通帳を貸して下さい、通帳の内容に書きかえるところがありますから」と嘘を言つて同女を欺し、因て同女より同家の主要食糧購入通帳一冊の交付を受けてこれを騙取し、

(二)  同日同町河野広方において同人の妻末子を前同様の方法で欺罔し因て同女より同家の主要食糧購入通帳一冊の交付を受けてこれを騙取し

(三)  同日同町池田京吉方において同人の妻スミヱを前同様の方法で欺罔し因て同女より同家の主要食糧購入通帳一冊の交付を受けてこれを騙取し

(四)  同日同町松本金正方において同人の娘敬子を前同様の方法で欺罔し因て同女より同家の主要食糧購入通帳一冊の交付を受けてこれを騙取し、

第三、前記第一の(六)記載の犯行後家出し知人宅等に泊つていたが、飲食費に窮した結果昭和三十二年十二月十六日頃以前読んだ本に子供を誘拐して親から身代金をとるという筋書のものがあつたことを想起しこれを実行しようと考え、その日は田川市東区大字夏吉三井炭坑螢ヶ丘職員社宅附近を見分し、翌十七日の午前八時頃再び右螢ヶ丘社宅附近をうろついていたところ、通学の途上にあつた十二、三才位の三人連れの女の子に出会つたので、そのうちの一人西島郁恵(当時十一才)に対しさりげなくその住所、氏名、学校名等を尋ねたところ、同女が素直に答えたのでここに同女を誘拐してその両親より身代金を獲得しようと決意し、その足で同女の家である同社宅西島義雄方を見届け、更に同社宅内の石井寛輔方において家人より便箋と鉛筆(証第三、第四号)を借り受け、右郁恵の母春子宛の後記の如き脅迫文一通を作成し準備をととのえた上、

(一)  同日午前九時十分頃同市東区田川市立伊田小学校へ赴き、右西島郁恵の属する同校六年一組の担任教諭高橋学に対し「西島郁恵のお母さんが急病で入院したので家の人から郁恵を早引けさせて連れて帰るよう頼まれて来ました」と嘘を言つて同教諭を欺し同教諭から右郁恵に対しその旨を伝達させ、母が急病だと誤信した同女をして即座に被告人と同行することを承諾させて同女を同校より連れ去り、もつて同女を学校並に両親の保護のもとから離して自己の支配下に入れた上、同女を同市大字伊田野添三千九百五十番地雑木林の中に連れ込み、もつて営利の目的で同女を誘拐し

(二)  その直後右山林において右郁恵が被告人の行動に疑念を抱き大声で助けを求めたので、突嗟に殺意を抱き、同女の頸部を両手で締めつけて同女を失神させた上、更にその場に落ちていたビニール製の細紐(証第五号)及び同女の着用していたズボンを引き裂いて作つた赤色の布切れ(証第六号)をもつて同女の頸部を一指も挿入することが出来ない程緊縛し、因て同女を窒息急死させて殺害の目的を遂げ

(三)  同日午前十時二十分頃前記西島義雄方附近路上において、同所で遊んでいた工藤貴代子(当四年)に対し「むすめのいのちがほしいなら三万円さしむかいのぼた山にもつてこい、母ひとりでもつてこい、もしけいさつにしらしたらむすめのいのちがないものとおもえ、ねんのためにいつておくけいさつにしらさないように、十じ半までにもつてこい、にしじまさんへきんじよのひとにしらさないように」と記載し裏面にぼた山の略図を書いた便箋一枚(証第二号)を手交してこれを右西島方へ持つて行かせ、これを見た前記郁恵の母西島春子をして、若し三万円を提供しなければ郁恵にどんな危害が加えられるかも知れないと畏怖させたが、右春子が驚愕の余り電話で夫に連絡する等の行動に出でたため、附近で西島家の模様を監視していた被告人は警察に連絡されたものと思い、いち早く逃走したため金員喝取の目的を遂げなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示所為中第一の(一)の窃盗の点は刑法第二百三十五条、第六十条に、第一の(二)の窃盗未遂の点は同法第二百四十三条、第二百三十五条、第六十条に、第一の(三)乃至(九)の各窃盗の点は同法第二百三十五条に、第二の各詐欺の点は同法第二百四十六条第一項に、第三の(一)の営利誘拐の点は同法第二百二十五条に、第三の(二)の殺人の点は同法第百九十九条に、第三の(三)の恐喝未遂の点は同法第二百五十条、第二百四十九条第一項に各該当するところ、殺人罪については所定刑中死刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪の関係にあるがそのうちの一罪につき死刑に処すべき場合であるから、同法第四十六条第一項本文により他の刑を科さず被告人を死刑に処することとし、押収にかかるビニール製細紐一本(証第五号)は判示第三の(二)の犯行の用に供したものであり、またペンチ一個(証第八号)は判示第一の(二)の犯行の用に供したものであつていずれも被告人以外のものの所有に属しないから同法第十九条第一項第二号、第二項によりこれを没収することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書に従い被告人に負担させないこととする。

(量刑理由)

当裁判所が刑の量定にあたり考慮したのは主として次のような点である。

一、被告人は自己の金銭的欲望を満足させんがため十一才の少女を誘拐し、密かにこれを殺害した上その両親に対し身代金を要求した。その行為は誠に類例を見ない残酷極まるものである。この点について裁判所は、被告人が誘拐を決意した当初より殺意を有していたものとは思わないが、しかも事はかなり計画的になされており、殺害の方法も残酷であり、殊に殺害後平然としてその両親に対し身代金を要求した点において被告人の人命を無視する冷酷な心情を明瞭に看取することができる。

二、右犯行はその特殊な且つ残酷な性質により、また誘拐行為が大胆にも、何人も安んじて児童を託するに足る場所と信じている小学校内において敢行されたことにより児童を持つ世の親、教育関係者その他社会一般に対し異常な衝撃と不安動揺を与えた。被告人の所為に対する世の批判のきびしかるべきは当然であるといわなければならない。

三、更に、被害者西島郁恵は幸福な家庭に育つた温和な親思いの少女であり母春子にとつては唯一人の実子であつた。被告人は右郁恵を誘拐してその両親に対し堪え難い焦躁不安の念を抱かせた上何の罪もない純真なこの少女を両親の手から永久に奪い去つたのである。遺族の感情が被告人に対し極めて苛酷であるのも当然であり、このことも刑の量定にあたり看過し得ないところである。

四、被告人は前記誘拐、殺人等の犯行当時少年であつた。このことは刑の量定にあたり十分考慮されるべき点であることはいうまでもない。しかしながら被告人は当時すでに満十九才一ヶ月に達しており少年とはいえこの程度の年令に達すれば、成人に比し多少分別に欠けるところがあるとしても何が許され、何が許されないかということについては十分弁えているはずである。鑑定人向井彬の鑑定書によれば被告人は自己中心的、反社会的性格傾向を有し、道徳感情は幾分未熟であるが、知能及び身体の発育は正常であり、右犯行当時の精神状態についても何等異常がなかつたことが認められ、殊に右犯行が少年犯罪としては余り例を見ない計画的且つ残虐な犯罪であることはすでに言及したところである。

五、次に被告人が筑豊地方に生れ、炭坑地帯特有の殺伐な雰囲気の中で生長したことが被告人の人格の形成にあたり、多少とも影響を及ぼし、人命軽視の傾向を生ぜしめたのではないかということも考えられないではないが、しかしそれは被告人のみに限られた事情であるとは言い難く、このような一般的、外部的事情は直ちに被告人の責任を軽からしめる理由とはなし難い。

六、その他、被告人が前記誘拐、殺人等の犯行に先立ち、一年余の間に合計十二件の窃盗、詐欺を累行していることは前段認定のとおりであつて、被告人の平素の行状についても特に酌量すべき事情は認め難く、また審理の全ての結果に徴しても被告人に真に本件犯行に対する改悛の情ありとは認め難い。

さりとはいえ被告人がなお春秋に富む青年であることと、愛情を傾けて被告人をここまで育てあげてきたよるべのすくない被告人の両親の心情に思い至るとき、ままことにしのび難いものがあるが前記諸般の事情、その他審理にあらわれた一切の事情を勘案すれば被告人に対しては死刑をもつてその責任を問うのが相当であるといわなければならない。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判官 桜木繁次 川淵幸雄 吉田修)

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